Share

第1部 1-1 面接

last update Last Updated: 2025-02-25 08:14:31

 今日は【鳴海グループ総合商社】の面接の日だ。面接時間は10時からだが朱莉は気合を入れて朝の5時半に起床した。

「面接でどんな事聞かれるか分からないからね……。ここの会社のHPでも見てみようかな?」

朱莉はスマホをタップして【鳴海グループ総合商社】のHPを開いた。

HPに企業理念やグループ会社名、世界中にある拠点、取引先等様々な情報が載っている。これら全てを聞かれるはずは無いだろうが、生真面目な朱莉は重要そうな事柄を手帳に書き写していき、ある画面で手を止めた。

そこに掲載されているのは若き副社長の画像だったのだが……朱莉は名前と本人画像を見てアッと思った。

「鳴海翔……鳴海先輩……」

思わず朱莉はその名前を口にしていた――

****

 話は朱莉がまだ高校生、16歳だった8年前に遡る。その頃はまだ父親は健在で、朱莉も社長令嬢として何不自由なく生活をしていた。高校は中高一貫教育の名門校として有名で、大学も併設されていた。

朱莉は当時吹奏楽部に所属しており、鳴海翔も吹奏楽部所属で2人とも同じ楽器「ホルン」を担当していた。上手に吹く事が出来なかった朱莉によく居残りで特訓に付き合ってくれた彼だった。

背が高く、日本人離れした堀の深い顔は女子学生達からも人気の的だったのだが、異母妹の明日香が常に目を光らせてい…た為、女子学生達の誰もが翔に近付く事を許されなかったのである。

ただ、そんな中…楽器の居残り特訓で翔と2人きりになれた事があるのが、朱莉だったのである。

「先輩……私の事覚えているかな? ううん、きっと忘れているに決まってるよね。だって私は1年の2学期で高校辞めちゃったんだし……」

結局朱莉は高校には半年も通う事は出来なかった。高校中退後は昼間はコンビニ、夜はファミレスでバイト生活三昧の暮らしをしてきたのである。

「せめて……1年間だけでも高校通いたかったな……」

急遽学校をやめざるを得なくなり、翔にお世話になった挨拶も出来ずに高校を去って行ったのがずっと心残りだったのである。朱莉の憧れの先輩であり、初恋の相手。

「もしこの会社に入れたら……一目だけでも会いたいな……」

朱莉はポツリと呟いた。

****

「では須藤朱莉様。こちらの応接室で少々お待ちください」

秘書の九条琢磨はチラリと朱莉を見た。

(あ~あ……。可哀そうに……この女性があいつの犠牲になってしまうのか……いや、それにしても見れば見る程地味な女性だなあ。でもこの女性なら明日香ちゃんも文句言わないだろう)

「あ、あの」

突然朱莉が声をかけてきた。

「はい、何でしょう?」

(まずい……ジロジロ見過ぎたか?)

「あの……私、今までこんなに大手企業の面接を受けた事が無いので良く分からないのですが……通常、応接室で面接をするものなのでしょうか?」

「ええ。普通はこのような場所で面接は行わないのですが……実は今日の面接は副社長直々の面接なのです。その為、応接室をご用意させていただきました」

「えええっ!? 福社長直々にですか?」

余りにも予想していなかった事実に朱莉はパニックを起こしそうになった。

(そ、そうなんだ! まさか鳴海先輩直々に面接なんて……こんな事ならもう少しまともなスーツを着てくれば良かった!)

朱莉のオロオロする様子を見て琢磨は思った。

(あ~あ……。そりゃ驚くだろう。こんな大企業の面接でしかも社長直々にともなれば……)

「大丈夫です。それ程緊張する事はありませんよ。それでは私はこの辺で失礼致します」

(俺は巻き込まれたく無いからな! 翔……後はお前ひとりでやれよ!)

琢磨は逃げるように応接室を後にした。

応接しに残された朱莉は緊張で一杯だった。

(ど、どうしよう……。すごく緊張してきちゃった! と、取り合えず……深呼吸して……)

「ス~ハ~……」

――その時

ガチャリとドアが開けられ、鳴海翔が部屋へ入って来た。

「やあ、待たせたね」

にこやかな笑顔で朱莉に笑いかける。

(ああ……やっぱり間違いない、鳴海先輩だ。だけど、今は先輩後輩の仲じゃ無いんだものね!)

朱莉はソファから立ち上がって頭を下げる。

「初めまして、須藤朱莉と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「ああ……いいよ。堅苦しい挨拶は無しだ。取り合えず座ってくれるかな?」

鳴海は朱莉の向かい側のソファに腰かけた。

「は、はい。失礼いたします」

朱莉もソファに座る。

鳴海は向かい側に座る朱莉の事をジロジロと見た。

(うん、やはり写真で見るよりも一段と実物は地味だ。全く女を捨てているような感じだな。化粧っ気も全然無いし……。こういう女の方がやはり扱い易そうだろう。よし……では彼女に決めるか)

「あ、あの……何か……?」

朱莉はあまりにもジロジロ鳴海が見るので戸惑ってしまい、声をかけた。

「ああ、すまなかった。君は理想の女性だったから……ついね……」

「え……ええ!?」

朱莉は突然かつて初恋の相手だった鳴海に理想の女性と言われ、顔が真っ赤に染まってしまった。一方、焦ったのは鳴海である。

(しまった! つい気が急いて誤解を招く言い方をしてしまった!)

「いや、失礼。すまなかったね。今の言い方は……君に誤解を与えてしまったかもしれない。え~この際、もう回りくどい言い方はやめるよ。実は今回の求人は中途採用募集の求人では無かったんだ」

「え!? そ、そんな……。では一体何の求人だったのですか?」

落胆を隠せず、朱莉は元気ない声で尋ねた。

「君に頼みたい仕事言うのは……うん、そうだ。これは仕事だと思ってくれればいい」

ポンと鳴海は手を打つと嬉しそうに笑う。

「?」

一方の朱莉は訳が分からず、居心地が悪そうにしている。一体どんな事を言われるのだろうか……。

「実は君に頼みたい事はね……。俺と結婚して欲しいんだ」

鳴海は朱莉の顔をじっと見つめる。

「え……? ええええっ!? け……結婚ですか!?」

(まさか初恋の人からいきなり結婚を申し込まれるなんて!)

朱莉は天にも昇るような嬉しい気持ちで一杯になったが、次の瞬間地面に叩き落されるような気持ちにされた。

「結婚と言っても偽造結婚だよ」

鳴海は朱莉の嬉しそうな笑みを一瞬軽蔑するかのような視線で見つめ、衝撃的な事実を告げた。

「え……? 偽造……結婚……?」

(分からない。……一体鳴海先輩は何を言おうとしているの?)

「そうだ。実は俺には愛する女性がいるんだが、どうしても今は結婚できない事情があるんだ。そして俺の祖父がその彼女と結婚させない為に見合いをいさせようとしていてね……何せ結婚をしないと会社を継がせないと言われたものだから先に偽装結婚をして先手を打とうと考えたのさ」

「……はい」

朱莉は只頷くしか出来なかった。

「謝礼金として君には毎月150万ずつ渡す。勿論会社のように夏、冬のボーナス手当としてその時は300万を渡すよ。その他必要な買い物等はこのカードで好きなだけ購入してくれて構わない」

そう言ってテーブルに置かれたのは、まさかのブラックカードだった。

「ブラックカード……」

話には聞いた事があるが、実際目にするのは初めてだった。

「俺が提示した金額に何か不満とかはあるかな?」

翔は朱莉の反応に注視しながら声をかけてきた。

「い、いえ。不満なんて……ありません」

朱莉は首を振る。

「偽装結婚の期間なんだが……う~ん……祖父の引退時期や体調の事……少し長めのスパンで見ておかないとならないから1年ごとの更新でどうだろう? 最長は6年……。君が30歳になるまでだ。これは契約結婚と思ってくれればいい」

そう言いながら、翔は朱莉の前に書類の束をパサリと置いた。

そこには『契約書』と記入された用紙も含まれている。

「これは偽装結婚だから、実際には夫婦になる訳では無い。君には俺の購入したマンションに1人で住んで貰う。俺は君の下の階の部屋に恋人と暮すが、妻の役目が必要になった場合は、君の部屋に行って客を接待する事もあるかもしれない」

翔は書類1枚1枚チェックしながら、淡々と語っていく。その話し方はこれから偽装とはいえ、仮にも結婚しようとしている相手に対し、余りにも機械的な話し方でああった。

(先輩……やっぱり私の事これっぽっちも覚えていなかったんだ。それに恋人って……ひょっとして義理に妹の明日香さんの事……? だから結婚できないと言うの?)

朱莉はぼんやりと書類を指さしている翔の指先だけ見つめていた。

「おい、君。俺の話を聞いてるのか?」

声をかけられ、朱莉は慌てて顔を上げた。するとそこには冷酷そうな翔の顔が朱莉を見つめている。

「いいかい? こちらは急いでいるんだ。君が駄目なら他を探さないといけない。出来れば今、この偽装結婚の契約を交わすか交わさないか決めて貰えないか? これは、ある意味仕事だと割り切って考えて貰えればいいだけの話だ」

「仕事……?」

(偽装結婚が……私の仕事……?)

「あ、あの……今回の面接って……最初からこれが目的で求人を出していた訳ですか?」

朱莉はどうしてもそこだけは確認しておきたかった。

「ああ、そうだ。そうでなければ君のような人材に声をかけるはずは無いだろう?」

その翔の言葉は朱莉を傷付けるのには十分過ぎる言葉だった。

(そうだよね。……そうでなければ学歴も無い、資格も何も無い人間にこんな大手の企業が声をかけてくれるはず……無いよね)

だけど……。

病気で入院している母の為に新薬を試してあげさせたい。借金を全て返済し、母と二人で暮らしても十分な広さのあるマンションを借りたい……。

ずっとそう思っていた。

(大丈夫、長くても6年だし……)

その時、ふと朱莉の目にある書類が飛び込んできて思わず目を見開いた。

「こ……これ……は……?」

震える手で用紙を取る。

「ああ、それか。その契約書が一番重要なんだ」

翔は溜息を1つつくと言った。

その書類には……。

『鳴海翔と恋人との間に子供が出来た場合、出産するまでは外部との連絡を絶つ事。また、生まれた場合には自分が生んだ子供として公表し、1人で育てる事』

朱莉はその文面を見て、目の前が一瞬真っ暗になった――

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   <スピンオフ> 第4章 大企業の御曹司 8 <完>

    「本当の兄妹じゃない……? 一体どういうことなんだよ……」するとまどかは涙を浮かべながら語りだした。「私とお兄ちゃん……鳴海グループの人間なのに……各務って名字なの……変に思わない?」「あ? ああ。言われてみればそうだな。だけど大企業ともなると一族の人間じゃなくて、どこからか優秀な人間をヘッドハントして社長に据えるのも別に珍しい話じゃないだろう?」「お兄ちゃんはね……最初の名字は……鳴海だったんだよ」「え……?」「つまり、お兄ちゃんはお父さんとお母さんの子供じゃないんだよ」まどかはハンカチで涙を抑えた。「ど、どういうことなんだよ……」「お兄ちゃんのお父さんはね……鳴海翔って人なの。そしてお母さんは血のつながらない義理の妹の明日香って人なのよ。おじさんは私のお母さんと結婚していたのよ。だけど、おじいさまがおじさんの事気に入らなくて、離婚させてしまった挙句、次期社長になるはずだったおじさんを追い出してしまったのよ。そして変わりに社長になったのが私のお父さん……各務修也なんだよ。そしてお母さんは元鳴海翔の妻の朱莉。だからお兄ちゃんはね、お父さんのいとこの子供なの」「ま、マジかよ……その話……。いや、でも……それを言ったら俺だって似たような境遇かもな」「え……? どういうことなのよ……?」いつのまにか、まどかの涙は止まっていた。代わりにその瞳には好奇心が宿っていた。「俺も父親と血が繋がっていないからな」「そうなの!?」まどかは驚いて目を見開いた。「ああ、それに母親も違う。実の母親の妹が今の俺の母親なのさ」「!」「俺の父親は酷いDV男だったらしくて、母は離婚したらしいんだ。そして自分の妹と俺と一緒に3人で暮らしていたらしい。だけど、母親も癌で亡くなって、今の母が代わりに育ててくれたんだよ。そんな時に九条琢磨と知り合って結婚したのさ」「そ、そんな……」まどかは呆然とした顔で話を聞いていた。「それにしてもこんな偶然あるんだな? 漢字こそ違うけど、同じ名前だし、実の両親では無いってところまでそっくりだ。挙句に……」そこまで言うと、簾は肩を震わせて笑った。「その各務蓮の妹が……恋する兄の見合いをぶち壊す為に見合い現場にやってくるんだから……。片や俺も好きな女の見合いが我慢できなくてやってきてしまったし……」そしてまどかを見つめた。「俺

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   <スピンオフ> 第4章 大企業の御曹司 7

    「は~全く……貴方のせいでもう今更2人の見合いの席に侵入すること出来なくなっちゃったじゃないのよ……」ブツブツ文句を言いながらまどかは足で木の根元を蹴っている。「全く随分乱暴な女だな。栞とは大違いだ」その言葉を聞いてまどかが反応した。「栞……そう、それよ。ただの幼馴染がわざわざお見合いの様子を見に来るなんて何かおかしいと思ったのよ。貴方ひょっとして二階堂栞と付き合っていたの? それじゃあの女、男と付き合っているのに、お兄ちゃんとお見合いしているのね!? 最っ低だわ!」しかし、それを言われて面白くないのは簾の方だ。仮にも自分が好きな女性が見合い相手の妹に悪口を言われるのは我慢出来なかった。「違う! 栞と俺は単なる幼馴染だ! 俺が一方的にあいつに惚れてるだけなんだよ!」廉は自分で言って、酷く惨めな気持ちになってしまった。その証拠にまどかの顔には同情が宿っている。「嘘……? 貴方、片思いしていたの? 告白もせずに? 20年間も!? 可愛そうな男ね……」「な、何だよ……! そういうあんただって、ブラコンのくせに! どうせ大好きなお兄ちゃんが他所の女の人に取られるなんて許せなーい! とか言って見合いぶち壊しに来たんだろう?」「うわ! キモッ! この人……キモいわっ!」まどかが両肩を抱きしめた。「だ、誰がキモいだ! 大体見合いをぶち壊すなんておかしいだろう!? どうせ兄妹なんていつかは離れなくちゃならないんだから……。え? どうした? 何で泣いてるんだ?」廉は突然まどかが顔を赤くして目に涙を浮かべている姿を見て驚いた。「……じゃないもの……」「え……? 何て言ったんだ……?」するとまどかは顔をキッと上にあげた。「私とお兄ちゃんは……本当の兄妹じゃないもの!」「え……?」廉は驚いてまどかを見た――****「実は僕もお見合い…最初から断るつもりは無かったんですよ」蓮は、はにかみながら答えた。「あら? そうなのですか?」「はい、二階堂社長は僕がまだ赤ん坊だった頃から知っていたそうなんですよ。それに父のことも母のことも良く知っているそうなので。そう言う人の義理の息子になるのも悪くないのかなと思いました。それに栞さんの評判も聞いていましたから」「え……? 私の評判?」栞は自分の評判が社内で良くないのは知っていた。『ラージウェアハウス』

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   <スピンオフ>第4章 大企業の御曹司 6

     息を切らせながらまどかと簾は走ってホテルの中庭迄逃げてきた。庭に植えられた大木に手をつき、呼吸の乱れた息を整えるとまどかは簾をジロリと睨みつける。「ちょっと! あなた、いったいどういうつもりよ! あなたのせいで2人の様子を見張れなくなったでしょう!?」「うるさい! そういうあんただって大きな声を出しただろう!? 俺ばかり責めるな!」簾は大きな声で言い返した。しかし、まどかは廉の文句に聞く耳を持たず、ぶつぶつと呟く。「全く……お兄ちゃんのお見合いをぶち壊してやろうとここまで来たっていうのに……」それを耳にした簾はまどかに尋ねた。「何? あんた……あの各務蓮の妹なのか?」「は? 人に物を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが筋じゃないの? それに……その様子だとあなたは二階堂栞の知り合いみたいね?」(全く失礼な男ね……お兄ちゃんとは大違いだわ! これだからガサツな男っていやなのよ)「俺は九条廉。あんたの今話していた二階堂栞の幼馴染だ。ちなみに簾ていうのはこの字だ」簾はボディバックからスマホを取り出して、文字を打ち込んでまどかに見せた。「え……? 九条廉……? 漢字は違うけどお兄ちゃんと同じ名前なのね? それに確か九条って言ったら……あの二階堂家と共同して経営してる九条家の?『ラージウェアハウス』の?」「ああ、俺の父親は九条琢磨。二階堂家と共同経営している社長だ」「嘘!? それじゃ……あなた、大企業の御曹司なわけ!?」まどはか心底驚いた様子で簾を見た。「別に……鳴海グループほど大企業じゃないけどな……まあ、一応そうだ」「うそ! そんな……全然見えない! だって全然品位が無いじゃない! その見るからに安そうなTシャツにデニムのパンツ! よくもそんな恰好でホテルにやってこれたわね?」「う、うるさい! そういうあんただって、各務蓮をお兄ちゃんて呼んでたくらいだから鳴海グループの令嬢なんだろう?」「ええ、そうよ」まどはか腕組みしながら答える。「なんだよ! そのド派手な格好は! キャバ嬢みたいな洋服を昼間から着やがって!」「何がキャバ嬢よ! これは外国の有名なブランドショップの服なのよ!? それにキャバ嬢の服って可愛くて素敵じゃないの!」「う、うるさい! 俺だって一応古着店で買ったこだわりの服なんだよ!」いつのまにか簾とまどかは互い

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   <スピンオフ> 第4章 大企業の御曹司 5

     栞がカフェにやってくる5分ほど前――(あ、あの席ね!)蓮の姿を見つけたまどかは彼のテーブルから1席分開けたテーブル席を陣取ると、雑誌を取りだして顔を半分隠すような姿で蓮の様子をうかがっていた。そこへウェイターが水を持ってやってきた。「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」「アイスコーヒー1つ」まどかはウェイターの顔も見ずに素早く応えた。「かしこまりました、アイスコーヒーですね?」ウェイターは頭を下げるとすぐに下がって行った。「全く……本当にお見合いにやってくるなんて……」ぶつぶつ言いながらまどかは蓮の様子をうかがっていると、ふとあることに気がついた。蓮の周囲に座る女性客が熱い視線で蓮を見つめているのである。その時、不意にまどかの耳に2人組の女性客の会話が飛び込んできた。「ねえねえ……あの男の人見て?」「うん。すっごいイケメンだよね?」「背も高いし、着ている服もすごいよ?」「どこかのモデルか芸能人かな?」そんな会話をまどかは誇らしげに聞いていた。(当然よ! 私のお兄ちゃんなんだから!)しかし、そのうちにとんでもない内容を話し出してきた。「ねえねえ、声かけてみない?」「そうね……1人で来ているみたいだし……」「うん、お金持ちそうだし、どこかに遊びに連れて行って貰えるかもしれないものね?」(な、何ですって~!)思わず、その女性客をキッと睨みつけた時……。「あ! 見てよ! あの女……彼に近づいてる!」「え~あ……何だ……デートだったのね」残念そうに言う2人の会話にまどかは慌てて、蓮のいるテーブルを見た――****「こんにちは。各務さんですね?」不意に窓の外を眺めていた蓮は声をかけられて振り向いた。するとそこには本日の見合い相手である二階堂栞が立っていた。蓮は立ち上がると挨拶をした。「初めまして、各務蓮です。どうぞ掛けてください」「はい、失礼します」栞は椅子を引くと、蓮の向かい側の席に座った。そしてテーブルの上にはまだ水しかのっていないことに気が付き、ちらりと蓮を見た。すると蓮も栞が何を言いたいのか理解した。「まだ何も頼んでいないんです。二階堂さんが来てから一緒に注文しようかと思って……何にしますか?」蓮はメニューを栞の前に置いた。「ありがとうございます」栞はメニューを広げると、少しの間眺めてい

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   <スピンオフ> 第4章 大企業の御曹司 4

     今日は蓮と栞のお見合い当日だった。「全く……結局お見合いするつもりなのね? あれ程私が反対したって言うのに」ワンピース姿のまどかはお見合いが行われるホテルのエントランスに置かれたソファに座り、サングラスをかけて観葉植物の陰に隠れるように蓮がやって来るのを待っていた。一方その頃。簾も同じ場所で、まどかから少し距離を置いた場所で栞がやって来るのをやきもきしながら待ち構えていた。「くっそ~……栞の奴……俺というものがありながら……」しかし、これは簾の勝手な言い分である。栞と簾はあくまで幼稚園の頃からの腐れ縁で、2人はあくまで幼馴染。付き合ったことなど一度もない。……少なくとも栞はそう考えていた。こうして、まどかと簾は2人の見合いを邪魔する目的で、同じ場所でまどかは蓮を……そして簾は栞がやって来るのを待ち構えていた――****午前11時―「ここか……見合いの場所は」カジュアルなサマージャケットスーツ姿の蓮が見合いの場所であるホテルへとやって来た。(確か、待ち合わせ場所は1Fにあるカフェ『ブレイク』っていう店名だったな……)蓮はエントランスでじっと自分を見張っているまどかに気付かない様子で、待ち合わせ場所にあるカフェに向かった。(お兄ちゃん……見ていなさいよ。お見合いなんかぶち壊してやるんだから!)まどかはスクッと立ち上がると、距離を空けて蓮の後を追った。「あ! 栞……やってきたな!?」蓮がカフェへ向かった約5分後、栞がホテルへ現れた。品のよい、紺色のワンピース姿に同じく青いパンプスを履き、ショルダーバックを下げた栞を見て簾は悔しそうにつぶやく。「くっそ~栞の奴……俺と会う時はあんなお洒落な恰好してきたことなんかないのに……」簾が知る栞は、いつもビジネススースに身を包んでいるか、ジーンズ姿と言うラフな姿しか見せてこなかったので不愉快で仕方がない。「あの男の為か? 俺と同じ名前のあいつとの見合いの為にお洒落してきたって言う訳か?」しかし、これは簾のあまりにも身勝手な考えである。仮にもホテルのカフェで見合いなのに普段着で来れるはず等ないのだから。栞も簾に気付くことも無く、目の前を素通りしてカフェへと向かっていく。そして同じように後をつける簾。こうして4人の思惑が絡んだ見合いが始まることとなった――**** 一足先にカフェへ

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   <スピンオフ> 第4章 大企業の御曹司 3

    「とにかく、もう遅いから今夜はここに泊って行ってもいいけど明日はちゃんと家に帰るんだよ? 父さんと母さんが心配するから」「分かったわよ」まどかは口をとがらせながらクッションを抱えた。「そういえば、まどか。夜ご飯は食べたのかい?」「ううん、まだよ。だって帰ったら早々にお父さんとお母さんからお兄ちゃんのお見合いの話聞かされたんだもの」「もう20時だっていうのにまだ食事をしていなかったのか? それじゃ何か用意するから待っておいで」蓮は対面式のキッチンに立つと食事の用意を始めた。「本当? やったー! お兄ちゃんの料理はおいしいからね。あ、もちろんお母さんもおいしいけど」「まどか、なんで夜ご飯まだだったんだ?」料理をしながら尋ねる蓮。「今日はね、突然シフトが変わってバイトの時間が変更になっちゃったのよ」まどかは大企業の社長令嬢でありながら、ゲームセンターでアルバイトをしているのだ。バイト仲間にはもちろんそのことは秘密にしてある。「そうか、偉いな。バイトして……。でも勉強も頑張るんだぞ?」「うん。だけどお兄ちゃんも学生時代ずっとファミレスでアルバイトしてたじゃない」「まあね。父さんから社会勉強の為に自分でバイトを探して働くように言われたからね。でもそのおかげで料理の腕が鍛えられたよ」料理を続ける蓮。「そうだよ……これだよ……」唇を尖らせるまどか。「何が?」「お兄ちゃんが格好良すぎるのいけないんだよ! 顔もよし、性格も頭もよし! おまけに背は高くて女性に優しく、料理も得意。だから私はその辺の男の子たちじゃ物足りないんだよ! 今まで男の子と付き合っても3か月持ったことないんだからね!? やっぱり責任取って結婚してよ!」「無茶言うなよ………」蓮はため息をつく。「だったら一生誰とも結婚しないで独身でいてよ! そしたら許してあげる!」「……結婚か……。う~ん…そればかりは相手次第だからな……」真面目な蓮は真剣に考えながら答える。別に蓮は今すぐ誰かと結婚をしたいわけではないが、何年たっても仲睦まじい両親を見ていると、自分もああいう夫婦関係になれればと憧れはある。「はい、出来たよ」蓮は対面式のキッチンから腕を伸ばし、カウンターテーブルの上に料理の乗った皿をトンと置いた。「嘘!? もう出来たの!?」ソファから降りてきたまどかはテーブルの上

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status